読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

受動性のデメリット
例えば、神の見えざる手←市場原理・自然原理に任せきるというのは、受動性の極地でもある。→顕著な格差という結果に
→動物ならうまくいくが、人間ではうまくいかない
→人間でうまくいくのは、市場参入者「全員」が合理的でかつ情報を完全に得ているときだけ(経済人)
but そんな状況はあり得ない

***


自己愛 こだわり→仏教では駄目→でも、例えば、これのおかげで食文化で食のグローバル化妨げ、自給率を高く保て、緊急時に備えられる
→自己愛やこだわりが有効に働くことも
仏教も「完全情報」ではない(この世には完全情報はなく、部分情報しかない)。
→ただ、仏教の特殊性は、完全情報は存在しないと主張する部分情報である、という数少ない体系であること
→自らの論理体系をその都度脱臼させる→デリダ脱構築
→納得させてくれない(という良さ)

***

電子マネー ←→ 兌換性のないドル(千九百何年かに米からスイスに金(きん)移動)
googleビットコイン(厳密にはベチユニットのみ) ←→ ヨーロッパ伝統貴族(ハプスブルクなど)や薩長勢力などの支配勢力

⇒預貯金を金(きん)にすべきか→こういったことが下記②

***
 

①生き残ろうとしないこと(仏教的)

②サバイバル技術(実は日本のこれからは、思ってた以上にヤバい。even if 統失の世界没落体験的な妄想の可能性を捨象)
の二本立て
→矛盾しない
・「絶対的な死」と権力や格差などによる「外的要因に基づく死」
※ちなみに統失の世界没落体験的な妄想に一番おおわれているのはヨーロッパ伝統貴族(ハプスブルクなど)や薩長勢力などの支配勢力(自分達がカジ取りしないとやばい、と。実際「本当の支配者」である彼らは「良い人」が多いらしい)
→それに振り回される私達→妄想やめろ→仏教

a)絶対的な死は逃れられない→①
b)外的要因に基づく死は具体的対処策がある→②
→a)とb)も矛盾しない
 bc ①②が実は完全に区別できないから(あたかも結果の平等と機会の平等が完全に区別できないように)。
→①②の振り分けの割合は人それぞれ
→自分は①が強く②が弱い but その時々で変わる so その時々で①②の割合を変える
→タイムラグが生じる
→タイムラグに対しても①②の割合を変えることで対処
→それでもタイムラグが・・・①②で対処・・・繰り返し
→繰り返しの中でタイムラグが小さくなっていく(プランク時間(刹那瞬)に近づけていく→ヴィパッサナ?)


これらすべてを考慮しても①が優勢
→①は「絶対的」だから(かつ精神衛生にも良い)

①②(ab)の並列(A)だけでは説明できないが、①(a)を土台として②(b)が建っている(B)という説明だけでも足りない。
→Bを土台としたAという概念

***

②は暑苦しい。②ばかりを考えると、しんどい。
→どうせ死ぬのだから②ばかり考えても仕方ない面も→あきらめも必要
・②を極めても逃れられないが①を極めると逃れられる可能性

「与えられて手もとにあれば自然な態度を持って用い、 なければ強いて求めない」

アンティゴネ(享楽的は時に禁欲的)
 
青い鳥対象a的欲望は求めても得られない。手放してこそ得られたり。)

***

幸せになるためではなく、生き残るためだけに時間が過ぎていく→②を重視しすぎ
→一方、そんな人間は山ほどいた(というより歴史上、ほとんどそう)

それは悪い事?不幸せ? but いい面も→近現代に膨張した自我の崩壊もしくは収縮→むしろ幸せになる可能性があるという逆説(幸せというより生きている実感? 幸せ=生きている実感? ユーストレス欠乏症(仮想)の改善)

危機を見つけるメリット

というかそもそも幸せは「無い」→生き残るための技術(坂口)が重要
生き残ることが人生?幸せになるための人生?
→普遍的なのは前者。だがこれも完全に区別できない。



時間がそれだけで過ぎていく→別に良い。実は余り時間もあるし

というかあまり求めない。
「与えられて手もとにあれば自然な態度を持って用い、 なければ強いて求めない」

①②でグルグル輪廻、サバイブとハッピネスでもグルグル輪廻。無限回廊
→それを更にメタで
→全方向性メタ無限回廊